mimiyori_mee

日々のこと

僕の芝生

彼女とは11時半に八幡市駅で待ち合わせた。

僕は待ち合わせや時間の約束が不得手だから、寝る前に駅の路線図や乗り換えの時間を調べていたら、なかなか寝つけず、結果相当な早起きをした。寒そうな格好をして相手に心配させるのは悪だと、たぶん萌絵ちゃんが言っていたから、めずらしくセーターを着た。乗り換えの間は5分しかなかったけど、途中でコーヒーを買った。急いでいたら電車の乗り場をまちがえて、ホームに下りたら乗るべき電車が向かいのホームから発車するところだった。予定より1本あとの電車に乗ることになったので、何分遅れるんだろうと遅刻の言い訳を考えてやきもきしていたのに、なぜか約束の20分前に着いた。いつもだいたいがこんな調子なので、僕の場合、待ち合わせの時刻に目的地にたどり着くなんてことは、ほとんど運と言ってよかった。
ひとりで着いた駅は音がなくて、人がいなくて、空が多く見えた。いつも僕たちがいる場所とは繋がっていないような気がして、彼女に「もう着いた。遅刻だよ」とメールを送ったら、すぐに「違います」とひとこと返信がきた。いつどんなときでも真面目な人だ。
ロープウェイだと思っていたものはケーブルカーで、ちょっと気落ちしたけれど、それで山の上までのぼった。山頂は細かく雨が降っていて、冷えた空気が氷のようで立っているだけで顔が痛かった。石畳を滑らないよう注意しながら歩いて、おみくじを引いて、熱いうどんを食べて帰った。端から見たらこれはれっきとしたお参りなのだろうけれど、神様はきっと僕のこころの内奥を見抜いていたに違いないと思う。

妹がニュースで御堂筋のライトアップを見ていたら、涙が出てきたと言っていた。妹は勤めていた頃、節約のため、毎日本町から難波まで御堂筋を歩いて通っていた。だれも知らない、どこか遠くへ、ひとりで行きたいと言った。ゆうじろうはもうすぐ2才になる。ボリュームの絞られたテレビから何度も繰り返し流れるミニオン、キッチンとリビングの間を全速力で永遠に行ったり来たりする足音、母親の一時のよそ見もゆるさない賢しい瞳。それ以来僕は、どこに出かけたとか何を食べたとか、そういった話は妹に一切しないようになった。僕は孤独で、他人からはさもじゆうに見えるだろう自分を強く恥じた。誰の人生も羨ましいとは思わない。ただ人は、その芝生からいっしょう逃れることができない、それだけで。